婚活 結婚相談所

クラブオーツー婚活ブログ・学者先生とのデート1

こんにちは、ヨシオカアイです。

今回は、私がメインで婚活をしていた結婚相談所クラブオーツーで出会ったハイスペックな学者先生との初めてのデートのお話しです。

前回までのお話しはこちら



クラブオーツーで出会った年上の学者さんとのメール

クラブオーツーではお見合い後、双方が「また会ってみたい」と思えれば、連絡先を交換し仮交際に進みます。

返事はコーディネーターを通して行い、連絡先の交換もコーディネーター経由で行われます。

私の時代にはメールでの連絡が主流でしたので、メールアドレスを連絡先として交換。
その後のやり取りもメールで行いました。

学者さんとのお見合いの後、2人とも「また会ってみたい」という返事でしたので、無事にコーディネーター経由で連絡先交換が行われました。

クラブオーツーでは連絡先交換後、男性から連絡をするようにきちんと教育されているようで、いつも男性の方からメールをいただきました。

学者さんからも連絡先の交換が済んだ夜にきちんとメールが届きました。

「こんばんは。学者です。お仕事お疲れさまです。先日はありがとうございました。もしよければ、今度お食事にでも行きましょう。」

学者さんのメールはとてもシンプルでしたが、良い年をした男の人のメールはシンプルな方が良いので好印象でした。

「学者さん、こんばんは。ヨシオカアイです。先日はありがとうございました。緊張していましたが、学者さんのお陰で楽しく過ごすことができました。お食事、ぜひご一緒させてください。楽しみにしています。」

こちらも用件を返信し、とんとん拍子にデートが決まりました。

しかし、それ以後、特にメールはなく、仕事終わりの「おつかれさま」や、その日あったことを報告するようなメールのやり取りもありませんでした。

私は毎日メールしたい派なので、少し寂しく思いましたが、自分からも特にメールをしませんでした。

デートの前日には確認のメールをくださったので、必要な時しかメールしない派の男性なのだと思います。

まぁ、40歳だしそんな感じなのかもしれませんね。

クラブオーツーで出会った学者さんとの初デートは青山で

学者さんとの初デートは青山の雰囲気の良い和食屋さんでした。

待ち合わせは表参道の交差点。

現れた学者さんはポロシャツにチノパンのスッキリとしたスタイルです。
おしゃれすぎず、ダサくなく、爽やかで清潔感があり、きちんとした感じがいつも好印象です。

和食屋さんまでの道案内もとてもスムーズでした。

おそらく以前、なにかの会食で利用して雰囲気の良かったところを選んで予約してくださったのだと思います。
その行動も高ポイントでした。

メニューを見ながら「好きなものを注文していいよ!」と言われました。
しかし、これってけっこう困りますよね。

私は割と男気がある方なのと、仕事で飲み会の注文を仕切ることが多いので、仕事と同じ要領で注文してしまうことができますが、そうではない遠慮がちな女子は困るだろうな…と思います。

学者さんにもお伺いを立てつつ、美味しそうだと思うものを頼みました。

食事を食べながら、主にお互いの海外経験について話しをしました。

学者さんは数年前のアメリカ勤務に1人で渡米し、とても寂しかったことから、次の渡米には奥さんを連れて…と思ったそうです。

私も短いながら留学経験があり、異国の地で1人になる寂しさは少し分かりましたので、そんな話しをしたりしました。

この人と結婚するとなるとアメリカに行くことが決定事項なんだな…と改めて思い出し、自分の語学力が不安になりました。

私は専攻は中国語。
英語からは遠ざかりかなりちんぷんかんぷんな状態だったのです。
私が帯同しても何の役にも立たないどころかご迷惑になるんじゃあないかなぁ…なんて思いながらのお食事でした。

学者さんにはスマートにご馳走していただき、駅まで一緒に歩いて解散となりました。

食事中に話した共通の趣味であるボーリングを次のデートにしようという話しになりました。

なかなか順調な婚活の滑り出しです。

しかし、問題なのは私の心が婚活での結婚を拒んでいたことです。

どんなに学者さんの条件が良くても、彼が良い人でも、自然な恋愛結婚への憧れをまだまだ捨てきれなかったのです。

なので、同時進行で友人に紹介をあちらこちらに頼んでいる状態でした。

母の追及

この頃、すでに家を出て一人暮らしをしていましたが、ことあるごとに母からの偵察電話がかかってきておりました。

母は「心配」という言葉を借りて私を監視する天才なのです。

母の監視は大人になっても続きました。
結婚した今もそれは続いているようにさえ感じます。

その日も母から監視の電話がかかってきました。

「あんた、いまクラブオーツーで会ってる人はどんな人なの?」

「いまは超有名海外大学を卒業して大学教授をしている人と会ってるよ。良い人だよ。あ、年収は1千万ね。」

とりあえず母が満足するであろうスペックを並び立てます。
母がハイスペックなお見合いに安心している隙に、恋愛できる人を並行して探して結婚したい…それが私の狙いでした。

「へぇ…あんたその人で大丈夫なの?会話とか、釣り合うの?釣り合いってものも考えないとダメよ?」

…はぁ??

この時の虚無感とも怒りとも言えないやりきれないような行き場のない思いは忘れられません。

私がハイスペックな男性と結婚するのは母の夢。

幼いころよりずっとずっと、言い聞かされてきました。

「きちんとした男の人と結婚してきちんとした生活をするために勉強するのよ!」これが母の口癖でした。

私はずっとこれを言われて育ってきました。
なのでこの価値観が染みついて取れないのです。

しかし、それとは反対に、自分は愛する人と結婚したいという強い想いも育っていきました。

それ故、職業や収入を問わず、劇団員をしていた元彼との結婚を決めました。
そして、母に猛反対され破談にされてしまったのです。

母の言うきちんとした職に就いていない男性を選んだことが、遅い遅い私の反抗期だったのかもしれないとも思います。

母の納得する結婚と自分の納得する結婚…それがうまく一致するのか。
今度こそは一致させなければならないのか?
それなら私の意思は?生きている意味は?これからの人生は?

「きちんとした男の人と結婚してきちんとした生活をするのが女の幸せよ」

結婚を考える時、常につきまとうのは、幼少の頃から繰り返し繰り返し刷り込まれた母のこの一言なのでした。



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